~~~時を超え、石碑に込められた思い 稲田陽子 私が初めて「祈りの家」を知ったのは、もう10年ほども 前のことである。ある方を通して、佐藤根恵さんの 主宰する「祈りの家」を訪ねたことに始まる。そこで出迎えて くださった佐藤根さんに初めてお会いした。聖書の一節に 「いつも喜んでいなさい」という句があるが、まさにそんな 世界から飛び出してきたような嬉々とした笑顔で出迎えて くださった。訪問した側にも喜びが素直に伝わってくる。 当時、道新にその聖句とともに「祈りの家」の佐藤根さんの 同じ笑顔が紹介されていたものだった。 10月のある日その佐藤根さんを訪ねた。以前に何度か伺った 時には綺麗な花の季節で、新緑や咲き誇る花々に出迎えられたが、 今回は、落葉の季節であった。秋の穏やかさに包まれ、新しく 加わった石碑が祈りの家の前にまどろむように佇んでいた。 「祈りの家」は、戦後に入植したキリスト村を忍びつつ いまに生きる小さな祈りの場となっている。癒しやくつろぎを 求め、誰でも気軽に訪ねることができる。中には、テーブルも あって、そこで談話もでき、またエレクトーンで賛美歌や 聖歌を奏で、口ずさんだりもできる。家庭的なよい雰囲気が 漂う小さなチャーチのようにも思えた。佐藤根さんのお人柄が感じ られる。 キリスト村は、洋菓子の店「ニシムラ」の経営を手掛けていた 西村久蔵が中心となって江別に入植し、キリスト教精神を礎に した理想郷を作ろうとした試みであった。それは、西村の中で 戦争への望まぬ加担に敬虔なクリスチャンとしての思いが重なり 実践されたと、言われている。その西村は長く教育にも携わり、 博愛的な生き方を貫き、生涯にわたり多くの人々に慕われた という。 そんな西村だが、入植は思いの外厳しいものだった。 泥炭地でもあった土地は開墾が困難を極め、さらに極寒の雪深い 冬も越さなければならなかった。 そのため、無理を重ねざるをえず、西村は病に倒れ志半ばにして 急逝され、キリスト村は短期間で終焉を迎えることになった。しかし、 その思いは、同じ入植者たちに深い感銘を残し、西村の博愛に 満ちた生き様は歴史のひとこまに留まることなく、いまも そのスピリットが息づいている。その結実は、子孫や支援者に 託され、キリスト村の生きた絆として10数年前に「祈りの家」が 設立、数年前にはそのアプローチにキリスト村を記念する石碑が 建立された。 佐藤根さんは、そうしたキリスト村の入植者の子孫であり、 その労苦を切実に理解されて、入植した跡地に後年「祈りの家」を 開き、入植の厳しい環境の中で助け合い生かし合う温かいその 精神を伝えている。 西村は、40代の若さで北一条教会の長老を勤めたというが、 その慕われた人間性と生き様から、後に三浦綾子の小説 「愛の鬼才」の主人公としてモデルになった。