【エコろじー24号 2003.9月号より】
今年の地球は異常気象だらけ。ヨーロッパ各地が異常な熱波と干ばつに襲われたと思いきや、日本列島は水害や冷夏に苦しんでいる。そんななか世界各地の農作物被害が報道され、日本も冷夏の影響による減収が心配され始めた。10年前の冷夏は日本中に「米騒動」を巻き起こしたが、さて今年は、いったいどうなるのだろうか。
冷害による不作は、諦めるしかないのだろうか。農作物は自然の産物だけに、気象条件が多大な影響を及ぼすことはいうまでもない。しかし、冷夏がすべての作物をダメにするわけでもない。ちなみに10年前の冷夏では、青森県の「すこやか農場」ではわずかな減収で事無きを得たし、自然農法の福岡正信さんの田んぼでも、例年と全く変わらぬ豊穣な収穫を得た。いったい何が、その差を生み出してしまったのだろう。被害を受けた作物の背後には、人為的管理によるあくなき効率追求と、経済追求に傾きすぎた近代農法のぜい弱さが見えている。
●異常気象に強い自然農法
限られた紙面で問題点を浮き彫りにするために、やや過激かもしれないが、自然農法の福岡正信さんの田んぼの例を紹介してみたい。
福岡さんの自然農法は、耕さず、除草せず、肥料や農薬を一切やらず、つまりお金と手間とをほとんどかけず、それでいて一反当たりの平均収量が10俵以上にもなるという驚くべき農法だ。
その秘密は、自然の持つさまざまな力をうまく活用することと、米自体が持つ本来の生命力を引き出すこと。一言で言えば、自然状態に近いかたちでの米づくりだ。
10年前の冷夏では、回りの田んぼが大きな被害を受けたにもかかわらず、福岡さんの稲の穂は例年と変わらなかった。
そのあまりの見事さに、一本の穂に付いた米粒を数えてみたところ、なんと350粒もあったという。一般の平均で約110粒、福岡さんの田んぼでは200粒が平均なのだが、冷夏にもかかわらずそれ以上に稔ったのだ。
その翌年の日本列島は、今度は雨不足による干ばつに泣かされた。が、福岡さんの田んぼは、干ばつ被害も全く受けなかった。
実際、筆者自身が現地を訪れ、自分の目で確認したのだが、福岡さんの田んぼに限って、干ばつ被害は全く見られなかった。
●鮮やかな「三日農法」
このように、同じ気象条件でも結果が大きく違ってくる。その理由に関して、福岡さんは次のように言う。
「人間が、自分たちの都合の良いようにとあれこれいじくり回し、その結果、今の米は気象や病虫害に非常に弱いものになってしまったんだ。そして、環境全体の生態系までおかしくしてしまった。
また、おいしい米を作ろうとか、冷害に強い米を作ろうと、品種改良をやり過ぎたことも、環境変化にもろいものにした。良かれと思ってやったことが、結果的におかしなものになってしまう。
ま、人智とか、合理、科学とか言ったものはその程度のもので、自然に逆らっていくらやってみても、結局はうまくいかないんですよ」
自然農法は、近代農業の対極にある。
近代農業は、大型化、専作化、機械化を基本に、化学肥料と農薬を多用する生産方式だが、自然農法では機械も農薬も化学肥料も全く使わない。
また近代農業では、多額のコストと管理の手間がかかるが、自然農法は、モミまきと、ワラまき、収穫だけで済んでしまう。
これを称して、福岡さんのいまは亡き友人・宮沢秀明さん(島津製作所中央研究所初代所長)は、「遊んでいながら、立派な収穫が得らる三日農法」と笑った。
●近代農業の破綻?
お金も手間もかけずに、十分な収穫が得られる自然農法…。なのに、自然農法はなぜかあまり人々に知られていない。その理由は?
まず、これが農業基本法に、真っ向からノーを突き付けるものだったからだろう。
昭和36年に制定された農業基本法は、「農業の発展と農業従事者の地位の向上」のために数々の補助金を用意し、規模拡大、専業化、合理化、機械化などを推奨した。そして実際、ほ場整備や機械導入等々が、大々的に展開されていった。
皮肉にも、農業基本法が豊かにしたものは、生産者ではなくて、ゼネコンや土建業、設備・機械メーカー、そして化学肥料と農薬産業だった。
その意味で農業基本法は、農業のためというよりは、日本の工業化に多大な貢献をしたといえる。
そんななか、機械、農薬、化学肥料を一切使わない自然農法は、近代農業を目指す農政にとって邪魔者にすぎなかった。
以来40有余年。果たして日本の農業は発展と地位の向上を果たし得たか。
答えはあえて言うまでもない。離農がいまなお相次ぎ、豊かさからはほど遠く、将来展望も見えてこない。しかも農業が、自然環境をどんどん悪化させている。
つまりは、農業基本法=近代農業の行き詰まりと、まぎれもない破綻…。
この事実を厳粛に認めるところからしか、新しい農業を出発することはできないだろう。
そのぶん、自然農法の快挙が際立っている。が、残念なことに、アメリカでは自然農法によって数千ヘクタール規模での米づくりが行われているというのに、日本では自然農法が広がらなかった。
今回のテーマ「粘土団子による砂漠の緑地化」も、またしかり。日本で生まれた画期的な緑地化モデルが、国内には根付かず、海外で高い評価を得ているのだ。