「若い人たちに勧めたい本」

 「若い人達に読ませたい本」ですって? こんなリクエストがくること自体、つまりぼくが若くないということだ。 そう、確かに歳は食っている。が、歳と同時に、夢やロマンもむさぼり食い続けてきた。
 歳とロマンをいっしょに食い続けてきた身にとって、「たった一冊の本」しか紹介できないというのは実に苦しい。迷ってしまうからである。 が、迷いに迷ったその果てに、迷わず?「これだ!」と言える本といったら、やっぱりバックミンスター・フラーの本ということになろうか。 なぜならフラーは、まるで純な幼友達のような感覚で、「大人たちの常識のワナにはまってはいけないよ」と絶えずぼくに語りかけてくれるからである。
 さて、フラー(の本)と初めて出会ったのはもう二〇数年前のこと。その数年後、ぼくは日本を離れてヨーロッパ、アフリカへと旅立った。 日本を離れてみると、いかに日本社会の常識がいびつなものであるかが良く分かる。 いや、いびつな偏見は決して日本人だけのものではなく、人間社会そのものが陥っている因業な宿命のように思えた。
 「ねっ、そうだろう?そうさ、固く歪んだ頭ではなく、心に感じるまま素直に自然や世の中を見つめればいいんだよ。 そしたらそこから宇宙のシステムが見えてくる。それだけが確かなことなのさ」
 旅の途上、フラーのこんな言葉を何度も耳にしたような気がする。その旅は、ある意味でフラーや自分そのものとと出会い直す旅でもあった。
 以来、なにかあるごとにフラーが優しい親友になってくれた。そしてやがてぼくは、そんな「友人のフラーくん?!」を人にも紹介するようになった。 実際フラーは誰の心の中にもすーっと入っていくらしい。 彼の言葉はやや難解だが、彼のメッセージには深く心に響くメロディとリズムが秘められているからであろう。
 さてこの辺りで、フラーのメッセージそのものを紹介しておこう。 フラーといっても日本では決してそうポピュラーな人物ではない。 なぜか彼は、世の中の常識人には敬遠されているのである。
 フラーは有名人ではないが、彼の思想はいままぎれもなくポピュラーになり始めている。 ちなみに「宇宙船地球号」という言葉は、彼が初めて作りだした造語である。 彼は地球を「宇宙空間に漂う船」として見つめた。 つまり地上から宇宙を考えたのではなく、宇宙空間から地球とそのシステムを考えたのである。
 そしてこの「宇宙船地球号」という概念からエコロジー的なものの見方が育ち、それはやがてガイアの思想をも生み出した。 すなわち地球も一個の生命体であり、すべてがつながりあって生きていると。 この思想は環境問題を考える際の根っこでもある。 彼が作りだしたもう一つの概念「シナジー」も、まさに21世紀のコンセプトになりつつある。
 要するに、フラーは20世紀にあって、すでに21世紀的な思考法を身につけていた。 それが常識人から嫌われた理由だったような気もする。 早い話、世の中の常識で理論武装した大人たちには、彼の思想がまるで理解できない。 常識が邪魔をしてしまうからだ。
 しかし純な子供たちには、フラーの話がよく分かる。 というのもフラーも子供たちも、宇宙や自然に対して素直に、自由に、柔軟に心を開いているからである。
「自然界には、直線なんてのは一個もないんだよ」。
「そうだね、葉っぱにも木の枝にも直線はないよね」
 こんな素朴な会話から出発して、フラーは子供たちに数学や幾何学の面白さを教え、さらには複雑な宇宙論の世界へと連れ出していく。 一言でいえば、アインシュタインのごとき難解な科学を、子供たちにたちまち理解させてしまうフラー流思考法がそこにはある。 しかも彼は、まるで詩でも歌うかのように自然や宇宙や人間や歴史を語っていく。 彼は天才的科学者にして、優れた詩人…。そのことに、ぼくは共感を覚えるのだ。
 実際、彼にはどんな肩書きが似合うのだろう。 フラーには科学者、幾何学者、発明家、建築家、デザイナー、教育者、哲学者、思想家、プランナー等々のさまざまな肩書きが付けられているが、彼の本質はやはり詩人であろう。
 そして詩人としてのその資質は、彼が自殺を決意して、いざ死のうとしたときに突如開花した。 死の直前に、人生の懊悩の核が一挙に溶解し、彼は宇宙と生命の本質的な何かを見てしまったのである。
 もし彼がただ単に科学する人であったとしたら、詩人の魂は獲得できなかったであろう。 が、彼は自殺といういかにも人間的な誘惑にかられて詩の泉を掘り当て、以来ユニークな科学や技術やアイデアを次々と発表していく。 しかし、それは余りにも時代を先走り過ぎていた。 ちなみに「エコロジー」という言葉が一般化する数十年も前に、彼はすでにそれを自らの思想の核に据えていたのである。
 ついついややこしい話になってしまった。 フラーを語るには、やはりやさしい言葉がふさわしい。 そこで彼の思想のエッセンスともいうべきメッセージを紹介してみよう。
「三角形を描いてごらん。そうそう、うまく描けたね。キミはいま、実は宇宙に二個の三角形を描いたんだ。 一つは目の前にある小さな三角形、そしてもう一つ、キミはその外部に、宇宙サイズの三角形も同時に描いたんだ。 つまり、キミは小さな三角形を描くことで、宇宙全体にも影響を与えたことになるんだよ!」
 フラーはどんな小さな存在でも宇宙と関わり、宇宙に影響を与えていると指摘する。 人間は誰もが貴重な「経験の目録」であり、だから共に影響し合うことで宇宙的な意味をつむぎだすことができると言うのだ。 それはアレフが言う「役立ち競争」にもつながっているような気もする。 そう、個々の「経験の目録」を上手に使いさえすれば、誰もが宇宙サイズに役立つ人生を生きることができるのだ。
 『フラーがぼくたちに話したこと』は、実はフラーが書いた本ではない。 それはフラーが三人の少年と少女に語ったことを、ある一人のフラー・フアンがまとめたものである。 本当はフラーの本そのものを紹介したいとも思ったが、「若い人達に読ませたい本」となれば、フラーが子供たちに語った本のほうが自然であろう。 フラーの言葉が、読者をそのまま子供の世界、子供の自由な感覚へと連れ戻してくれそうだからである。
 宇宙サイズのフラーのメッセージを、わずか一ページで書くのは難しい。 (後がない、急ごう)とにかく20世紀が生んだ天才フラーは、ぼくたちを21世紀へと案内してくれる。 彼のメッセージのそのメニューには、多彩な夢とロマンとが満ちており、それは幸せのエネルギーと美味とが薫る「心のご馳走」なのである。

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