多様性強まる「ガン治癒観」

〜〜〜病院への期待、ホリスティック、統合医療への選択とは?
〜〜〜生命の主体考える『ガン呪縛を解く』『治るガンの愛と運の法則』『荒野のジャーナリスト稲田芳弘』

稲田陽子

先日、進行ガンを患う知人から松野哲也さん
 (元コロンビア大学ガンセンター教授)の開発した
 プロポリスについて問い合わせがあった。ここでは、
 仮にTさんと呼ばせていただくことにしたい。Tさんは
 がんが発覚してからもう三年目に突入しているが、
 その間、抗がん剤やオプジーボなどを併用しながら、
 健康食品も飲用して凌いでこられた。その中には、
 もちろん問い合わせのあったプロポリスも入っている。

電話では、 Tさんは元気そうにされていたものの、今度は
 放射線治療を受け、その副作用の肺炎のために入院中だ
 という。そこで、「プロポリスを飲み続けたいが、
 どの程度飲むのが良いものか」という切実な質問が投げ
 かけられた。

実は、このプロポリスにはとくに飲用量の制限が設けら
 れているわけではなく、健康状態によっては、裏技的に
 ひと瓶とまではいかなくとも、半量近くまで飲んでも
 それが「体の声」に従ったものであれば、納得されて
 しまう面も持ち合わせている。松野先生によれば、
 それで免疫力が回復して、風邪などの改善に役立つ
 こともあるそうだ。
 第一、松野先生は、ご自身の進行性の直腸ガンを
 ご自身の開発されたそのプロポリスで直された張本人
 である。そのため、治癒に向けての飲用には、いろ
 いろな工夫があり、体の声を聞き、飲用することも
 珍しくなかったそうだ。
 だから、飲用量を尋ねられるのには躊躇があるのでは
 ないかと即座に私には思われた。

そもそも代替医療から治癒を導き出す作業は、一人一人
 異なっており、まして免疫力となると、さらに取り巻く
 環境や状況によって個人差が生じる。ここが、副作用も
 あることもあって、きっちりと適量を査定する西洋医療
 との埋めがたい落差となっている。これは、代替医療と
 いうものが、手作りの作品、時には芸術作品を生み出す
 のに似ているものだと判断する人が出てくる所以でもある
 のだろう。

千島学説では、免疫力を引き出すがん治癒には
 「気血動の調和」「心身一如の弁証法」が不可欠であり、
 また、ガストン・ネサーンご夫妻に言わせれば、心身の
 つながりに影響する4つのファクターと向き合うことが
 重要であるとされている。

松野先生は、治癒に向かうためには深い実存的体験である
 「魂の揺り動かし」が心身のつながりを回復させる道筋
 となると考えられている。

となると、プロポリスは、決して「西洋医療薬」のような
 類のものではなく、それはホリスティックな考え方
 とともに免疫力を改善するある種のものというのが適切
 な捉え方なのかもしれない。適切な表現は難しいが、
 あえて言ってみれば、こういうことになるのだろう。

Tさんがご自身の免疫力にこうした実存的な悟りの
 「栄養」を与えているのかどうか、私には計り知る
 のは難しい。ただ、意識がそこまで届いていない
 という人も少なからずいても不思議ではない。

私は、『治るがんの愛と運の法則』(松野哲也著)には
 目を通しておられる Tさんにこれ以上講釈をすることも
 ないので、「免疫力にスイッチが入れば、量にこだわら
 なくてもいいようだけれど、今のTさんには量は多い方が
 よいと思う。量は人それぞれ違うので、調子に合わせて」
 とだけ返答した。Tさんの西洋医療的な感覚とはかなり
 異なる答えであった。

もっとも、量が多くなれば、身体的には有利であっても、
 費用の方がかかってしまう。まして「健康食品」分野に
 自動的に分類されるため、保険も効かない。

さて、米国在住の松野先生から気になる情報が届いている。
 それは、「日本では話題になっているオプジーボは、
 効果がないとしてアメリカでは使用されなくなっている」
 といった内容である。

しかし、なぜかそのオプジーボが、厳しい副作用が
 あっても日本の病院では患者の期待に呼応するように
 使われている。

患者にも選択の自由はあるのだから、分かっていれば、
 断ることができるはずなのだが、そういうことは
 相変わらず、患者にとってはやりにくいことに変わりない。
 患者自身にもよくわからない「見えない圧力」や「空気」が
 患者の意思に影響を与えているわけである。

Tさんは、そんな病院の医療にかなり従順に従ってきた
 タイプである。その 結果、Tさんはオプジーボで効果が
 ないので、今度は放射線治療に切り替えられて、肺炎を
 患ってしまった。

「抗がん剤を受けるのか、受けないのか」という
 「あれかこれかの世界」がここにある。この二者択一の
 「がん観」が、相変わらずがん患者を悩ませる。

命は誰のものなのかといえば、それは誰でも患者のもの
 と答えるだろう。しかし、実際には、患者には断る自由も
 あり、仮にそうした選択ができたとしても、その勇気を
 持てるものなど本当に少数派ではないだろうか。断れば、
 もうその病院に通えなくなるだけでなく、ホリスティック
 ながん観や代替医療の知識が十分でない場合には、ただ
 不安の底に沈んでしまうだけだ。

Tさんのような事例は決して珍しくない。
 稲田は、免疫力にスイッチを入れようとする「千島学説
 的治癒法」を選んだ、いわば少数派と言えるが、『がん
 呪縛を解く』の中で 二者択一を迫られるその狭間で苦しむ
 患者の姿を浮き彫りにしている。

しかし、ここで忘れてはならないのは、がんという病は、
 言い換えると、もともと免疫力の病であるということだ。
 つまり、進行がんであってもどんなどんでん返しもまだ
 起こりうる希望を残すものである。
 これは、「気血動の病」の特徴なのである。
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