月次アーカイブ: 4月 2014

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続「STAP細胞」報道、「科学村」の掟と法の解釈

〜〜〜〜作動するコワい「村社会の論理」と空気呪縛

稲田陽子

 

小保方晴子氏の釈明会見後、マスコミ報道が
方向の羅針盤を狂わせているようだ。
小保方氏は、論文を不正と認定されたことに対し、
理研に不服を申し立てるが、会見ではその根拠となる
「悪意」について釈明、説明した。それによると、
より詳細に「悪意はなく、単純な間違い」であるという
根拠とその経緯を弁護士とともに公言した。
もっとも、説明はこれからさらに深められなければ
ならず、とくに「真の画像」の正当性などは、実験ノートを通して、
理研により合理的な経緯を説明する必要があるのだろう。
このあたりは、今回の不服申し立ての合理的な理由であり、
小保方氏の言う「発言の制限」があったために理研側が十分な説明を
聞く耳を持たなかったのだという不足が解消されることになる。

 

理研の規定を読むなら、小保方氏側の主張も包括している
ように思われるが、会見後の「科学村」の反応を加熱して
伝えるマスコミ報道には、人権という観点からどう判断すべきかと
いう視点はすっかり抜け落ちてしまった印象だ。この筋に同意する
ブログなどは、「お前が犯人だ」とまで言い切っている。
まるで沸騰した湯沸かし器状態のようなものも散見される。
その点、一般市民が小保方氏から受けた印象とは乖離があり、
市民の感覚は、ときにそれほど間違っていないこともある。

 

とくに、設定された会見は、理研が認定した「不正」に対する
不服申し立てについてであり、「スタップ細胞の有無」が論点
ではないのだが、質疑応答ではしきりにその点に集中砲火が
浴びせられることとなった。「スタップ細胞はあるのかないのか、
どちらなのか、いまここではっきり答えよ!」といった
記者の強い要求に応えたカタチで「スタップ細胞はあります!」と
小保方氏は明るく自信を持って明言する。そして、
「実験は200回作製成功」などと、思わず言葉にする。
ところが、これが「科学村」の思うつぼで、
証拠も出さないで、まるで根拠がない、信憑性にかけると、
ここぞとばかりの論点ずらしがマスコミを席巻する。
これこそロジカルな態度とはほど遠いのではないだろうか。

 

たとえ質疑応答の場での発言であっても、いっさい度外視されて
報道されている感がある。この会見の目的ではないにもかかわらず、
ムラ社会ではそこの住人たちの掟が法的根拠よりも優先され、
ともかくもこの問題を「感情的」にしてしまっているのではないだろうか。
現に、理研の「ドン」野依氏は、小保方氏に「激怒している」と
伝えられているから、一層この問題の解決を短絡的にしかねない。
調査委員会に弁護士など法律家を半数は入れてほしいという小保方氏側の
要求には合理性があっても、現時点では跳ね返された状態である。

 

「科学者としてあるまじき行為だ!科学者失格だ!」などと、声高に
倫理を焦点に小保方氏を責めることは非常に簡単なことで、もっとも
感情分野の正当化と満足をもたらす。しかし、それが法的な解釈として
「不正の罪」となるのかどうかは別の問題である。
小保方氏は、その未熟さ、認識不足から酷い過失(共著者の責任も
問われる)を犯しているのにはちがいなくとも、それでも、故意では
なかったとしたなら、「不正」ではない。どんなに科学村の掟(格率)で
許しがたいとしても、理研の「格率」を法的に解釈するなら、断固として
不正ではないと言える。

 

この場合「格率」というのは、その社会単位に通用する掟や通念の
ようなものと解してさしつかえない哲学用語。あえてこの言葉を
引っ張り出すのも、規則のパースペクティブな意味を再確認する必要が
あるからだ。つまりは、どんなに権威やプライドを持っていようが
「格率」は「格率」なのである。全体の中では、相対的なものであり、
絶対論では語れない。
現段階では、この論理が大きく通用するはずである。マスコミは、
まずはそうした認識に基づく手順を間違わないようにしてもらいたいもの。

 

ちなみに、奇想天外な発想と言えば、アインシュタインはどう見ても、
普通の人格や常識とはかけ離れている。先入観のない彼は「科学村の掟」の
話をどう見るだろうか…。興味のあるところである。

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祝4/11『カタカムナへの道』予定通り発行!

~~~お待たせしました!順次、発送します。

稲田陽子

 

『カタカムナへの道』(関川二郎著/稲田芳弘編

/Eco・クリエイティブ刊)が、予定通りに発刊されました。

予約販売から2ケ月、途中私の予期せぬ急病などで

ご迷惑をお掛けすることになり、大変心苦しく思って

おりましたが、ようやく皆様のお手元にお届けできる

運びとなり、本当にホッとする思いです。

また、お気遣いのメールなどもいただき、本当にありがとう

ございました。

 

この「カタカムナ」文献は、楢崎皐月氏によって伝えられ、

解釈された僭象の天然物理とも言うべきもので、天才的な

科学者であった楢崎皐月氏は、この「カタカムナ」から

「静電三法」を発想したと言われています。

その後、楢崎皐月氏は、カタカムナの本質を伝えるのは女性が

ふさわしいとして、後継者に宇野多美恵氏を選びました。

女性原理の時代の到来にさきがけ、長らくこの宇野女史のもとで

「カタカムナ」はさらに研究されて多くの書物となり、

その読者層を中心に生きながらえることになったのです。

 

しかし、同時に、カタカムナの研究をする市井の人々も

いないわけでなく、ふしぎな伝承である楢崎「カタカムナ」への

関心は、時代の潜象にあってすたれることなく、いまに息づいています。

こうした「カタカムナ」の編纂も、実は、若かりしころ稲田が

楢崎皐月氏に出会い、直接フィールドワークなどで

「カタカムナ」の教えを受けたことが、大きな切っ掛けと

なったと言えます。

 

この体験が原動力となり、さらに「ガン呪縛を解く」講演会での

芳賀俊一氏との出会いなどいろいろな偶然(必然)が重なって、

とうとう2009年に、楢崎皐月氏から宇野多美恵氏の系譜を受け継ぐ

関川二郎氏の『カタカムナへの道』が世に出ることになったのでした。

「カタカムナ」が広く市民社会に受け入れられる素地ができたいまこそ、

稲田が言うように「時、満てリ」なのかもしれません。

いよいよ、「個とカタカムナの出会う」時代の到来です。

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