第四章 ふたたび川湯診療所で その1

 午後4時頃を過ぎると、川湯には観光客が集まってくる。夏の暑さも周囲に森林の多い川湯ではしのぎやすい。診療所前を観光客がそぞろ歩いて通り過ぎる。そのうちの何人かが決まって診療所に立ち寄って、大鵬の家はどこですかと聞きに入ってくる。ぼくは事務長に、
「大きな紙に地図を書いて入り口に張ってはどうですか」と、言ったけれども、
「来てもらった方がよいのです。色々な人と話が出来るから」と、余り迷惑がらずに言っていた。
「それもそうかな」と、ぼくは思った。4~5人の患者が来て、診察をする。旅行の途中食べ過ぎた、バス酔いが治らないから薬を出してほしい、風邪を引いたので熱冷ましが欲しい…そんな患者を診てその日が過ぎて行く。
夕食が終わると、自分の部屋で休む。むし暑い夜になってきた。雨が降っていない日が続いていた。鷲鼻の婆さんに隣の拓銀の療養所に風呂を貰いにいくことを告げて外に出た。直ぐ隣の山小屋風の寮は、簡素な感じの宿泊施設で社員の家族連れが宿泊していた。迷惑ではないかを聞いてから風呂に入った。脱衣所には誰もおらず、湯壷は一つで家族風呂になっている。杉の木造りでほのかな香りが立ち昇っていた。気持ちが休まるものであった。天井には大きな丸い電燈がつるされていて、全体にバランスが取れている造りになっていた。30分ほどで入浴を終えて部屋に戻ると、電話が入った。御園旅館からの往診依頼だった。宿泊客の一人が腹痛を訴えているから来て欲しいとのことだ。ぼくは、往診鞄を用意して自転車の後ろに載せ出かけた。
旅館の中に案内されてみると、4人部屋に4人の女学生が休んでいた。そのうちの一人が患者であった。年齢は19歳、東京都出身で保険証を預かり、カルテに名前を記入してから診察に入った。今日の昼頃から胃部がむかむかして徐々に腹痛が始まり下痢もあると言う。昨夜は層雲峡に宿泊していた。発熱もあり、37.6℃である。寝かせて内診をすると、他の3人の女の子達は興味ありげに頭を突っ込んで見ている。血圧はやや低めだが、正常。脈拍は98あり、少し緊張しているようだ。腹部は季肋下左に圧痛があり、下腹部に伸びていた。聴音するとかなり強い蠕動運動があり、未だ下痢が続きそうな感じである。右の上下腹部には痛みはなく、問題なしであった。急性大腸炎と診断した。舌の乾燥した苔は脱水を物語っていた。
彼女達は、北海道に入ってから今日で4日目。明日は摩周湖を見て網走に行き、釧路から帰る予定であるという。北海道の食事は美味しく、彼女たちは何でも旺盛に食べ尽くしているようだった。患者K子は、ついにダウンしたと言うことらしい。ぼくはK子に心配ないことを告げて、これからリンゲルとサルファ剤そして痛みの注射をすることを告げた。初めに注射をすることをためらっていたが、早く治るために納得して腕を出してきた。500mlの点滴を用意して静脈内に針を刺し、点滴の速度を調節してからもう一度針を抜きに来ますからと言って、部屋を出ようとした。ぼくは、それまで余り余計な口を利かないで黙々と仕事をこなしていた。すると一人の女子学生が、
「先生はインターンですか」と、聞いてきた。ぼくの様子を見てそのように聞いてきたのだろうか、それとも若すぎたとでも思ったのだろうか。
「私ですか?どうしてその様に感じたのですか」と、聞いた。
「だって温泉診療所の院長としては、余りにも若いのですもの」と、言う。
「若くないですよ、これでも内科医に成って3年は経っているのですからね」と、少しサバを読んで返事した。
「とにかく患者はこの注射でよくなりますから。内服薬も3日分ぐらい出します。明日の最後の観光旅行が中止にならないようにしましたよ」と、ぼくは汗を掻きながら部屋を出た。
夜の川湯の町は、9時を過ぎても人々がお土産店を覗き回っていた。何となく蒸し暑さがあった。明日は雨になると感じながら、診療所に戻り鞄の中を整理して、カルテの記載と内服薬の処方箋を書いて机の上に置いた。すると、電話が鳴った。駐在所からだった。女子学生の一人が街のチンピラに追われて転倒したために、顔面に傷を負っているので見てもらえないかという依頼だった。ぼくは川湯にもチンピラがいるのかと思っていると、4人の女子学生が入って来た。二人に抱き抱えられるようにして、その一人の鼻と口は強い擦過傷で軽く出血し腫脹していた。強く打ったため上顎の門歯が折れて白い神経がぶら下がっているではないか。これは一体どうしたことだ。中年の警察官が続いて入って来た。

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