第三章 はるかの家と友人 その3

午後6時35分の列車で来るに違いないと考えて、はるかは駅に友人を迎えに行った。駅舎の待合室には数人の乗客がいるだけで閑散としていた。夕暮れの街には電燈があちこちにつき始め、西の空は茜色に輝いて森のはずれに日は落ちようとしていた。やがて網走行きの機関車が前灯を点けてホームに入って来た。列車の窓は茜色に反射をしている。乗降口が開くと、数人の乗客の後に二人の女子学生が勢いよく降りて来た。
「やあー!はるか、今着いたよ。元気?」と、手を振りながら改札口に近づいてきた。ハイキング帽子をかぶり、白のブラウスの上にはベストを着込んで、ズボンをはいている。そんなハイキングに行くようないでたちにかに族といわれるスタイルの横長のリュックを背負っていた。二人は全く同じ格好をしていた。代わるがわるはるかに声を掛けた。
「ユリ、マリ、途中無事だった?東京からは丸一日がかりだからね。疲れたでしょう?」と、はるかは二人を抱きしめた。
弟子屈の街は、夕暮れが増していた。どこからともなく湯の香りが流れてきて、薄い闇を包んでいる。はるかは二人に、
「あの角に在る2階建てのくすんだ一階で義父は歯科医院をやっているの」と、指をさした。医院に電燈はついておらず、もう帰宅したらしい。
「弟子屈は温泉の町なのよ。今渡っている橋は晩翠橋、川は釧路川で、屈斜路湖から流れてきているの。きれいな流れでしょう」と、さらに説明していき、
「川沿いを右折して少し行くと自宅よ。あそこにひまわりが咲いている庭があるでしょう」と、追加した。夕暮にひまわりの花が咲いているのが見えた。ひまわりの花が好きなはるかが、自分で春先に植えたものだった。自宅の居間には電燈がついて義父が先に帰っていた。食卓には4人分の皿が並べられ、ガスレンジが置かれていた。二人の同級生は勢いよく玄関に入り、居間に来て加藤医師に挨拶をしてから、はるかの部屋で荷物を降ろして、旅の煙で煤けた顔を見直していた。
「二人は最初にお風呂に入ってください。家は温泉を引いてあるので、何時でも入れるけれどね」と、はるかはマリとユリを促した。
「温泉つきのお風呂なんて素敵ですね」と、二人は旅の汗を流すことにして先に入浴をした。
「二人分の浴衣を用意してありますからね。好きなほうを使ってくださいね」と、はるかは声を掛けた。若い二人が風呂を終えて髪をとかし居間にはるかと共に席に着くと、華やいだ空気が広間を占有した。加藤医師はいつもと異なる雰囲気のために気持ちが高揚していた。三人を見渡しながら、巧はこんなことは一度もなかったことを思い出し、感激して涙が溢れてくるようだった。声を詰まらしながら、
「はるばる遠い所をご苦労さん。はるかを尋ねてくれて有難う。弟子屈と摩周の景色を堪能していってください。日本一の景色ですから」と、乾杯のビールコップを持ち上げた。彼女らも少しはビールが飲めるようであった。すき焼きの鍋が温まり、肉が煮えてくるにつれ、三人のおしゃべりが元気よく始まっていた。
「昨夜8時に上野を出た青森行きの急行は殆どがカニ族の学生で、私達の乗った急行十和田も半分は学生だったのよ。車内は遅くまで歌声喫茶みたいなものでした。そのために半分は睡眠不足なの。連絡船の中でやっと眠ることが出来たのよ」と、丸い顔のユリが肉をほおばりながら言う。
「私はね、ユリ、見ていたでしょう。会社員が横に座っていたでしょう。色々話しかけられてね、どこの大学だとか、何を勉強しているのだとか、文学部で将来何を目指しているのかと聞かれてね。適当に返事していたわ。幸い途中の駅で下車して行ったけど、何で身元調査みたいなことばかり聞くのでしょうね」と、マリは口をとんがらせた。マリとユリの二人はどことなく似通っている所のある女の子で、はるかのような女性らしさを感じさせないところがあった。
「それで二人にとっては北海道初めてなの」と、巧は聞いてみた。
「初めての経験です」と、二人は口をそろえた。
「北海道の様子はどうですか、汽車から見た風景の感想は」
「そうですね、急行が函館を出て大沼沿いに走っている時の駒ケ岳は素晴らしいです。羊蹄山も北海道らしい景色ね。それに、広々とした空知平野と石狩川の流れ、滝川からの空知川、富良野から見た十勝連峰の山並み、それから狩勝峠から見た十勝平野の広大な広さ、新得を過ぎた頃から見える日高山脈もすごいわ。帰りには札幌に寄る心算だけれどね。今日は一日汽車の窓から外を眺めていたの。おかげですっかり日に焼けてしまったわ」と、マリが北海道の印象を語り出した。彼女は山登りを趣味にしていた。巧はマリの自然の描写は素晴らしいと思った。巧は、絵を描くこともあり、自然を見る目は確りしていると思っている。マリが続けて語った。
「列車が帯広を過ぎる頃は本州にはない風景があると思います。畑はどこまでも広く耕されていて豊かな感じがするのね。それが釧路に近くなると、低い雑木林が多くなり、草原が広がっている。釧路で乗り換えて釧網線に入ると、根釧平野が果てしなく広がっているようで、別世界に来たようです」
話を聞いて、巧は、彼女達がよく北海道の景色を見ていることに感心していた。
「あのね、帯広からバスで阿寒、弟子屈経由川湯行きに乗ると、3時間くらいで来れる方法もあるのよ。別な景色を楽しめるけれど、途中阿寒湖を見ることが出来るのです。道路は舗装されていないために、少し乗ると大変ですけれどね」と、言うと、はるかは道東の地図を出してきて広げた。
「明日はね、ここ弟子屈から摩周湖に行き、摩周湖を見学してから川湯温泉、それから屈斜路湖を見て美幌峠に出て、それから戻るコースを予定しているのよ。見学する所は沢山ありますから、退屈しませんよ」と、はるかは二人に説明した。
「砂湯は、屈斜路湖の湖畔に温泉が湧いている所があるの。そこで温泉に入れるわ。昔、屈斜路湖の湖底噴火が起きてから魚はいなくなってしまったのだけれど」
「露天風呂ね、湖畔のそばにあるの?」
「そうなの、入る気になれば入れるよ」
「それは面白そうね、裸では駄目ね」
はるかは、ビールを少し飲んで頬を赤らめ長いまつげをぱちぱちすると、微笑みながら行く先のポイントを二人に示した。巧は、東京で三人の大学生活はどうなのかを聞いてみたかった。
「三人は、そろそろ3年生で来年は卒業でしょう。卒業の準備は立てているのですか」と、野暮ったいことを聞いてみたかった。はるかは、
「卒論のことはあるけれど、大体決めてあるの。英文学の中のある小説家を取り上げようと思っているの」と、真面目になって答えていた。
マリは、
「私は未だですよ。来年初めに計画を立てようと思っているの。間に合うよ」と、鷹揚に答える。
「ユリさんは何を?」と、はるかが声を掛ける。
「私は未だ何にも考えていません」けろりとして返事をした。彼女達それぞれの思惑があることが巧には判った。七輪の火が手ごろな強さになって、鍋は湯気を上げていた。
「すき焼きはどんどん食べてね。未だお肉はどっさりありますからね。はい、卵を上げます」と、はるかは二人のために肉を取って、代わりに新しい肉を鍋に入れた。がやがやとおしゃべりが続いていたが、不意にマリが巧に、
「はるかのお母さんはどうしたのですか。はるかからは戦後間もなく亡くなったと聞いていますが?」と、尋ねた。はるかは、義父の養子であることについて詳しいことは級友には話してはいなかった。巧は、頭を下げ眉間には緊張した皴を寄せて、はるかの方を見ながら話し出した。
「実は、はるかの母は戦後、昭和25年にここ弟子屈の国立弟子屈療養所で亡くなったのです。はるかのお父さんは、私の親友の小松望と言います。戦死したのです。だから、はるかの氏名は小松です。東京の大学を予定より早く中退して、望は土浦航空隊に入隊し、私は望より2年遅れて航空隊に入ったのですが、はるかの父はそのとき戦闘機乗りとして練習していました。その後、特攻隊に組み入れられ、多分鹿児島近くの鹿屋に転属になりました。そこで、望に昭和20年3月20日特攻出撃命令が出て、そのまま帰らぬ人になってしまったのです。私が航空隊で
訓練中に戦争は終結したのです。戦争へ出撃の命令が出ずに終戦を迎えてしまったのです。はるかの父、望は戦闘機の操縦はすごく優秀だったそうです。だから、早く戦闘機に乗れたのかもしれません。
 戦友、望の妻がはるかの母なのです。木村美紗子が名前です。鹿屋に転属するときに望ははるかの母、美紗子と結婚式を挙げたのです。昭和18年11月3日でした。私とたった3人でした結婚式だった。望は私の大の親友でしたから、特攻に出る時に『もし自分が帰還しなければ後を頼む』と、言い残して行ったのです。私は親友との約束は守らなければと考えておりました。戦後、私は大学に戻り一年余り歯学の勉強をやり直してから、北海道の静かな町を求めて弟子屈にたどり着いて開院したのです。はるかの母は終戦前に札幌に戻ったのですが、両親をなくし、自分も結核になり、はるかを連れてここ弟子屈に昭和二十二年に来たのです。弟子屈に結核のための療養所ができたので、入院して治療をしていたのですが、結核には勝てなかったのです。今は肺結核もいい薬が出来て治癒させることが出来るようになっていますが、当時は安静しかいい薬はなかったのでね」と、巧は、寂しそうに目をしばたたかせて二人を見ていた。はるかは、そばで静かに目を伏せていた。
「それは悲しいお話ですね。戦争は嫌いです。結核も。はるか、そうだったのですか…。あなたは余り自分のことを話さないものね」二人は涙を浮かべていた。
「あなた方お二人も確か5歳くらいの時に戦争が終了したのだから、何も記憶にはないでしょうが、二人はどこの生まれなの?」と、巧は二人に尋ねた。
「私は長野の松本です」と、マリは答えた。
「ユリさんは?」
「私は岡山の田舎です」
「そうですか。二人とも戦争の惨さや残忍さを余り見てはいないのだね。岡山は広島に近いから噂は聞いていると思うけれど」と、巧は独り言のように呟いた。
巧の心の中には言い表せられない寂寞とした青春の苦しみが湧いてきていた。ビールを飲み干した。もう一杯はるかは義父のコップに静かに注いだ。それを一気に飲み干して、巧は急に意を決したようにかしこまりながら口を開いた。
「実はね、うーんと、私の青春時代の経緯をまとめて書いたのを本にして出したのだよ。これははるかに断わっておく方が良いのではないかと思っているのだが。はるかのお母さんのこと、戦死したお父さんの望のこと、はるかのことが書いてあるのでね」と、三人の前で巧は立ち上がり、机の上に重ねられている書籍の上から三冊の本を取り上げた。
緑色の表紙に摩周の絵が描かれ空の余白部分に『はるかな摩周』とタイトルが書かれていた。暫くの間、四人は声もなく沈黙していた。外は静かな暗闇で蛙の鳴き声がかすかに響いていた。巧は、立ち上がり窓辺に行きテラスの戸を開けると、釧路川のせせらぎが聞こえてきた。はるかの植えたひまわりの花が静かに揺れていた。その時が来たのだ。私とはるかの母と望みのことを記録した青春の貴重な記録を、はるかに知らせる時が来たのだと思った。気を取り戻した巧は、一つ質問があるのだけれどと、三人を見渡した。
「みんな、彼氏はいるのかい」と、明るい声で聞いてみた。すると、三人ともに口をそろえて、
「そんなものは、おりませんわ」と、陽気に答えた。
 食事が終わり用意してあるケーキを出し、コーヒーを入れる。4人思い思いのペースでコーヒーを啜りながら、満ち足りた気持ちに浸っていた。壁には巧の描いた100号の摩周湖の絵がある。紺碧な水面と蒼空の青が深い悲しみをたたえていた。はるかは、いつの間にかピアノに向かい、ショパンの夜想曲を弾き出していた。憂いを込められたこの曲を久し振りに聞いた。
その時急に、玄関に置かれた電話のベルが響き渡った。

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