第三章 はるかの家と友人 その2

昭和21年の夏、はるかの母は重い結核に罹っていることが判った。近所の医師が診察して、胸部写真を撮らずに聴診器だけで肺結核であることを指摘した。はるかの本当の父は戦争で戦死したので、母は幼児のはるかをつれて東京から昭和20年3月に札幌に疎開してきていた。母の両親は札幌に住んでいた。終戦後、母は小学校の教師になる予定だったが、病気のために叶うことがなかった。祖父祖母も昭和20年と21年と続いて他界してしまって身寄りが誰もいない状態になっていた。困り果てた母、美紗子は昔、東京の学生時代に知っていた加藤巧歯科医師が弟子屈に住んでいることを頼って、22年の春に両親の菩提ほか一切すべてを整理し、丸一日以上の汽車の旅をして、はるかを連れて訊ねてきたのだった。道東の山深い弟子屈の駅に降りた日をはるかは思い出していた。加藤医師は親子を心から歓迎して喜んでくれた。はるかは、巧医師が眉の濃い顔をほころばせてはるかを抱き、頭を優しくなでてくれたことを覚えている。
「大きくなったね。叔父さんの家に来たのは本当に良かったよ。家にはお手伝いの人がいるだけで後は誰もいないからね。気兼ねなく過ごしてくださいね」
はるかの母は、巧医師に深々と頭を下げて、
「どうか、よろしくお願いいたします、私は病気で仕事をしていけないのです。何とかこの子を育てなければ戦死した望さんに申し訳なくてならないのです」と、優しい色白の面立ちの黒い瞳に必死な思いをこめ涙を浮かべながら、巧医師にお願いをしていた。
「美紗子さん!安心してください。ぼくは一人者ですし、結婚をする気は当分ないのですから」と、巧医師は、母の痩せた両肩を抱きしめた。そして、励ますように
「この家は貴方の家ですから、心配しないで過ごしてください」と重ねて言った。
「少しでも巧さんのお手伝いが出来ればよいのですけれど」
「そんな心配は要りませんよ、お手伝いが全部やってくれますから、美紗子さんの病気を治すことが一番大切です。それに弟子屈に療養所が完成したので、ますます安心ですよ」
「本当に有難うございます。よろしくお願いします」と、母は何度も何度も頭を下げていた。
はるかの隣の部屋が母と何時も一緒にいる部屋になっていた。母は昭和22年春、出来立ての療養所に入所した後は一度もこの部屋には戻らずに亡くなってしまった。はるかは父(望)の顔は全く覚えていない。戦争中に結婚した父は、戦争に行き沖縄の空中戦で戦死したと聞いた。古くなった白黒の写真が一枚手元に残されていた。その面影は、はるかのおでこや水平に濃い眉に残され、一方、丸い頬、柔らかな唇、瞳は母親似である。はるかは、母が早く結婚をしたのも戦争のせいなのか?と思った。母と巧叔父さんとの関係はどんな関係なのだろうか?はるかは、余り詳しいことは聞いていなかった。父と巧叔父さんは学生時代には大の親友だったと言うことは教えられていた。
はるかは、遠く摩周湖の空の色が変わったように思った。風が強く吹いている。確かに暑い午後の日差しは樹林の緑を白く輝かせて波打っているようだった。東の空は雲に覆われ始めていた。こんな時は摩周湖には霧が生じているはずだった。しばらく摩周湖には行っていないと思いながら、今年の夏は足を運んでみようと思っていた。はるかの想いも白く錯綜するようであった。
階下から義父の呼ぶ声が聞えて来た。
「はるか降りておいで!お茶を飲まないか?」と、機嫌の良い声であった。義父は今日、川湯診療所に行った筈だ。もう帰宅したのだ。時計は午後4時10分を示していた。コーヒーブレイクには少し遅いと思いながら、はるかは立ち上がってゆっくりと階段を下りた。コヒーの懐かしい香りが漂ってきていた。コーヒーポットの沸き立つのを見ながら、義父の巧は腕組みしてソファーに腰を下ろしていた。はるかの部屋がそっくり階下のリビングになっていて、ベランダは釧路川に向いていた。部屋の真ん中には黒光りする樫の木で出来ている丸いテーブルが置かれてあり、囲むようにソフアが置いてあった。奥の片隅には黒のアップライトのピアノがあり、ときどきはるかは無心に弾き出した。いつも食事はそこでするのが習慣になっていた。
「お義父さん、何の用事ですか?」と、はるかは、腕組みを見て相談のあることを察知していた。腕組みは、そんなときの義父の癖であった。顔をはるかの方に向けながら、機嫌よく、
「今度の日曜日は空いているかい?空いていたら、はるかを連れてハイキングと行きたいのだが、どうだろうか?実は絵を描きに行きたいのだよ。和琴半島にね。屈斜路湖にははるかと長い間一緒に行っていないのではない?」
「そうですね。お友達が今日の夜か明日の朝来て、土曜日には層雲峡に行き、旭川に行くので、空いている筈です」と、はるかは答えた。
「そうか、それでは日曜日は少し早いけどオッケーだね。弁当はいらないよ!食べる所はあるから」と、立ち上がり、義父は、コーヒー茶碗の準備をし始めた。
「友達はどこから?」
「東京よ、昨日も聞いていたくせに」と、はるかは笑いながら答えた。上手いコーヒーがゆっくりと茶碗に注がれた。義父の淹れるコーヒーは本当に上手いとはるかは思った。
「どうかな?コーヒーの味はブルーマンとモカのブレンドさ」
はるかは、砂糖を匙一杯だけ入れてかき混ぜてから、ゆっくりと啜った。まろやかな軽い苦味が口に広がり、久しぶりに義父の入れてくれたコーヒーの味を楽しんだ。
「うん、とても美味しいわ。お義父さんの腕は落ちていないわ。今日は、患者さんはもういないのですか?」
この弟子屈の街に人が増えてきたのに、近隣には歯科医がいないため患者の数は減るより増えていることが義父の悩みだった。
「患者はあと5~6人残っているけれど、夕方6時過ぎには終わるよ」
「夕方の列車で友人が着いたら食事を一緒にしたいのだけれど、よろしいかしら」
「ああ、はるかの友人ね、何人来るの」
「二人です。二人ならばお母さんの使っていた部屋に泊めてあげることが出来るし、私の部屋にも余裕はありますし」と、来る友人のことを考えながら、はるかは夕方の汽車が着くころ迎えに行くつもりでいた。義父の歯科医院は、駅前にあり、歩いて5分もかからない所にあった。
「それでは、今夜はすき焼きにしようか?はるかにすき焼き用の牛肉を買って来てもらって、野菜、うどんなども用意して貰わないといけないね」と、義父は張り切って言った。手伝いの叔母さんは夜には来ないから、自分たちで用意しなければならない。それから医院に再び出かけていった。
はるかは、2階に上がり、化粧台に向かって髪を後ろに束ね直して自分の顔を確かめ、切れ長の目を2~3回瞬かせた。はるかは、普段から化粧をしたことはなく、化粧台は自分の顔を確かめるためのものであった。それから、手さげ籠を持って買い物に出かけた。街の中を歩くのは、帰ってきてから初めてであった。高校生以来弟子屈を離れてから知りあいの人たちも見掛けなくなっていた。肉屋の叔母さんは彼女のことを覚えてくれていた。久しぶりに見るはるかを上から下まで見て、
「はるかさん!見ないうちに随分と大きくなったね。それにきれいになったこと」と、元気よく声を掛けた。白の半袖の夏のブラウスにやや短めのスカートのはるかの姿態が成熟していて、女らしさがみなぎっていた。透き通るような白い素足に下駄を履いた姿は質素で、後ろに丸めた黒髪は若さを引き立てていた。
「すき焼き用の牛肉を1kgください」
「あら、いったいそんなに沢山食べるのかい。二人だけなら500もあればいいのに」
「あのー、今日はお客が来るものですから」と、はるかは念を押して言った。叔母さんは、はるかの両肩から前胸の乳房に掛けて流れるような女性らしさにまぶしさを感じながら、
「はい。すき焼き用1kgです。まけときましたからね」
「あら、おばさん、すみません」
少し傾むきかけた日差しの中に夕昏の匂いがどこからもなく漂っていた。さらに2軒ほどの店をまわり夕食の材料を買い求めて帰宅した。たまねぎ、白玉、卵、うどんなどの材料を食べるばかりに調整し、全ての準備が終了して時計を見ると、午後6時を過ぎていた。

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